[長崎県長崎市] 山王神社(さんのう じんじゃ)

山王神社 一本柱鳥居 長崎県
山王神社 一本柱鳥居

山王神社(さんのうじんじゃ)は、
長崎県長崎市坂本に鎮座する神社です。
正式には山王日吉神社と浦上皇大神宮の二社が
合わさった社で、地元では「山王さん」と呼ばれています。

寛永15年(1638年)、島原の乱の鎮圧のために長崎を訪れた
松平信綱によって創祀されたと伝わります。
このあたりの景色が近江の比叡山に似ていたことと、
「坂本」という地名が比叡山のふもとと同じであったことから、
近江の山王権現を勧請したとされます。

その後、寺院として営まれた時期を経て、
明治元年(1868年)の神仏判然令により神社に戻りました。
明治2年(1869年)には、
キリシタンへの対策として伊勢神宮を勧請した皇大神宮が創祀され、
明治16年(1883年)に合祀されています。

昭和20年(1945年)8月9日、
長崎に投下された原子爆弾は、この神社のすぐ近くで炸裂しました。
社殿は壊滅し、境内は焼き尽くされます。

そのなかで、二の鳥居は爆風によって笠石をねじ曲げられ、
爆心地側の左半分が吹き飛ばされながら、
右半分だけが一本柱の状態で立ち残りました。
今も当時のままの姿で立ち続けており、
「一本柱鳥居」として広く知られています。

境内の被爆クスノキは、樹齢400年から500年とも言われる大木です。
熱線と爆風で枯れ木同然となりましたが、
被爆からわずか2か月後、新芽を吹きました。
今では豊かな緑を取り戻し、平和の象徴として親しまれています。

例祭は10月17日で、浦上くんちが奉納されます。

  • 寛永15年(1638年)、松平信綱により近江の山王権現を勧請して創祀と伝わる
  • 山王日吉神社と浦上皇大神宮の二社が合わさった神社
  • 皇大神宮は明治2年(1869年)にキリシタン対策として伊勢神宮を勧請して創祀
  • 明治16年(1883年)に両社が合祀された
  • 御祭神は天照大御神・大山咋神など六柱
  • 昭和20年8月9日の原爆で社殿が壊滅した
  • 二の鳥居は左半分が吹き飛び、右半分だけが残った「一本柱鳥居」として有名
  • 一本柱鳥居は被爆当時のままの姿で今も立ち続けている
  • 樹齢400~500年とも言われる被爆クスノキが、被爆2か月後に新芽を吹いた
  • 例祭は10月17日で、浦上くんちが奉納される
  • JR浦上駅から徒歩約10分。原爆資料館や平和公園とあわせて歩ける
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基本データ

名称 山王神社(さんのうじんじゃ)
別名・愛称 山王日吉神社
浦上皇大神宮
山王さん
社格 旧県社
御祭神 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
豊受比売神(とようけひめのかみ)
大山咋神(おおやまくいのかみ)
大物主神(おおものぬしのかみ)
伊邪那岐神(いざなぎのかみ)
高皇産霊神(たかみむすひのかみ)
創建 山王日吉神社 寛永15年(1638年)
皇大神宮 明治2年(1869年)
例祭 10月17日(浦上くんち)
系列 日吉・山王系

施設情報

住所 〒852-8102
長崎県長崎市坂本2-6-56
TEL 095-844-1415
駐車場 なし ※近隣コインパーキング等をご利用ください。
最寄り駅 ・JR長崎本線「浦上」駅から徒歩約10分
・長崎電気軌道「大学病院」電停から徒歩約5分
・長崎電気軌道「浦上駅前」電停から徒歩約10分
公式サイト https://sannou-jinjya.jp/
見どころ ・被爆当時のまま立ち続ける二の鳥居「一本柱鳥居」
・被爆クスノキ(樹齢400~500年とも言われる大木)
・原爆の爪痕を伝える境内の遺構
・長い石段の参道
・10月17日の浦上くんち

地図

近隣の観光スポット

  • 長崎原爆資料館(被爆の実相を伝える資料館)(長崎市)
  • 平和公園・平和祈念像(平和を祈る象徴的な公園)(長崎市)
  • 原爆落下中心地公園(爆心地を示す標柱が立つ)(長崎市)
  • 浦上天主堂(被爆した旧天主堂の遺構が残る教会)(長崎市)
  • 長崎県営陸上競技場・松山町一帯(平和公園に隣接する運動公園)(長崎市)
  • 如己堂・永井隆記念館(永井隆博士が晩年を過ごした庵)(長崎市)
  • 稲佐山(長崎の夜景を一望できる展望台)(長崎市)
  • 眼鏡橋(日本最古のアーチ石橋のひとつ)(長崎市)
  • 大浦天主堂(国宝の教会堂)(長崎市)
  • グラバー園(旧外国人居留地の洋館が並ぶ)(長崎市)

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