川中島古戦場八幡社は、長野県長野市小島田町にある神社で、戦国時代に武田信玄と上杉謙信が激突した
川中島合戦の中心舞台「八幡原(はちまんぱら)」に鎮座する歴史的に重要な社です。
創建は平安時代中期の寛治年間(1087~1093年)と伝えられ、
信濃の国に流された村上顕清(むらかみあききよ)が、この地を訪れて
武運長久の神「八幡大神」を祀ったのが始まりとされています。
当時、神様の御名にちなんでこの広原は「八幡原」と名付けられました。
そして永禄4年(1561年)9月10日、戦国史上もっとも有名な合戦の一つである第四次川中島の戦いの折、
八幡大神を崇敬する武田信玄が当社に本陣を構えました。
そこに上杉謙信が単騎斬り込み、両雄が一騎討ちを演じた地として知られています。
この時、謙信が刀で3回斬りかかり、信玄が軍配で受けた跡が7つあったことから、
この場所は「三太刀七太刀(みたちななたち)の跡」と呼ばれ、境内に石碑が残されています。
現在、境内一帯は八幡原史跡公園として整備され、信玄・謙信一騎討ちの銅像をはじめ、
首塚や逆槐(さかさえんじゅ)などの史跡が点在する歴史ファン必見のスポットとなっています。
- 第四次川中島の戦い(永禄4年/1561年)の中心舞台となった戦国史跡の社
- 創建は寛治年間(1087~1093年)、村上顕清による八幡大神勧請
- 武田信玄が本陣を構え、上杉謙信と一騎討ちを演じた伝説の地
- 「三太刀七太刀の跡」石碑が境内に現存
- 御祭神は誉田別尊(応神天皇)と建御名方命
- 境内一帯は八幡原史跡公園として整備、信玄・謙信像が必見
- JR長野駅からバスで約20分、駐車場136台無料の好アクセス
- 長野観光(善光寺・松代と並ぶ)の重要スポット
基本データ
| 名称 | 川中島古戦場八幡社(かわなかじまこせんじょうはちまんしゃ) |
|---|---|
| 別名・愛称 | 八幡原の八幡様 |
| 社格 | 村社 |
| 御祭神 | 誉田別尊(ほんだわけのみこと/応神天皇) 建御名方命(たけみなかたのみこと) |
| 創建 | 寛治年間(西暦1087~1093年) |
| 例祭 | 10月(川中島古戦場まつり 大花火大会) |
| 系列 | 八幡信仰 |
施設情報
| 住所 | 〒381-2212 長野県長野市小島田町1362-1 |
|---|---|
| TEL | – |
| 駐車場 | あり(無料・普通車136台、大型車15台) |
| 最寄り駅 | ・JR「長野駅」よりアルピコ交通バス(30系統)で約20分、「川中島古戦場」バス停下車徒歩約2分 ・しなの鉄道「今井駅」より徒歩約50分(約4km) |
| 公式サイト | https://www.kawanakajimakosennjouhatimannsha.com/ |
| 見どころ | ・武田信玄と上杉謙信「三太刀七太刀の跡」石碑 ・信玄・謙信一騎討ちの銅像(八幡原史跡公園内) ・首塚(合戦戦死者を弔う塚) ・逆槐(さかさえんじゅ)の古木 ・八幡原史跡公園として整備された広大な境内地 |
地図
近隣の観光スポット
- 長野市立博物館(八幡原史跡公園内、川中島合戦を詳しく展示)(長野市)
- 八幡原史跡公園(信玄謙信像など史跡が点在)(長野市)
- 典厩寺(武田信繁の菩提寺・川中島で戦死した武将を祀る)(長野市)
- 松代城跡(真田氏の居城・国史跡)(長野市)
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- 善光寺(一光三尊阿弥陀如来を本尊とする無宗派の名刹)(長野市)
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