饒津神社は、広島県広島市東区二葉の里に鎮座する神社で、
広島藩主・浅野家を祀る、芸州(安芸国)鎮護・文武両道の神として崇敬を集めています。
宝永3年(1706年)、広島藩主・浅野綱長公が広島城の鬼門の方角(北東)に
浅野長政公の位牌堂を建立したのが当社の始まりです。
文化7年(1810年)に浅野重晟・斉賢父子が新たな位牌堂を建立し、
天保6年(1835年)には11代藩主・浅野斉粛公が祖先追孝のため
現在地(明星院西方)に社殿を造営して「二葉御社」と称しました。
明治6年(1873年)、現在の社号「饒津神社」と改称され、
浅野家を祀る神社として広島の発展を見守る存在となりました。
御祭神は主祭神に浅野長政公・幸長公・長晟公の三柱、
相殿神として長政の正室・末津姫(やや)と浅野家歴代の藩主を祀ります。
昭和20年(1945年)8月6日、広島原爆の爆風により本殿や唐門が瞬く間に破壊され、
直後に本殿から出火して他の建物も類焼するという甚大な被害を受けましたが、
戦後氏子崇敬者の努力で再建されました。
JR広島駅新幹線口(北口)から徒歩15分の好アクセスで、
「二葉山山麓七福神めぐり」の一社としても知られ、
広島市民や観光客から親しまれる神社です。
- 広島藩主・浅野家を祀る、芸州(安芸国)鎮護の神社
- 宝永3年(1706年)藩主浅野綱長公が広島城鬼門に位牌堂建立が起源
- 天保6年(1835年)11代藩主浅野斉粛公が現在地に社殿造営、「二葉御社」と称した
- 明治6年(1873年)に「饒津神社」と改称
- 御祭神は浅野長政・幸長・長晟公の三柱と末津姫
- 文武両道・厄除け・家内安全・縁結びのご利益
- 昭和20年原爆の爆風で社殿全焼、戦後氏子により再建
- JR広島駅新幹線口より徒歩約15分の好アクセス
- 「二葉山山麓七福神めぐり」の一社(恵比寿神)
- 広島まちなか「神玉巡拝」西日本初の構成社
- 境内の唐門と参道の松並木が往時を偲ばせる
基本データ
| 名称 | 饒津神社(にぎつじんじゃ) |
|---|---|
| 別名・愛称 | 二葉御社(旧称) |
| 社格 | 旧県社 |
| 御祭神 | 【主祭神】浅野長政公(あさのながまさこう) 浅野幸長公(あさのよしながこう) 浅野長晟公(あさのながあきらこう) 【相殿神】末津姫(すえつひめ/長政公正室) 浅野家歴代藩主 |
| 創建 | 宝永3年(西暦1706年・位牌堂創建) 天保6年(西暦1835年・現在地に社殿造営) |
| 例祭 | 4月7日(春季例祭) 10月9日(秋季例祭) |
| 系列 | 浅野家祖神信仰 |
施設情報
| 住所 | 〒732-0057 広島県広島市東区二葉の里2-6-34 |
|---|---|
| TEL | 082-261-4616 |
| 駐車場 | あり(境内・無料、大鳥居をくぐって左右に停車可) |
| 最寄り駅 | ・JR山陽新幹線・山陽本線「広島駅」新幹線口(北口)より徒歩約15分 ・広島電鉄「広島駅」より徒歩約20分 ・山陽自動車道「広島IC」より車で約20分 |
| 公式サイト | https://www.nigitsu.jp/ |
| 見どころ | ・拝殿・本殿(戦後再建の社殿) ・唐門(境内入口の門) ・大鳥居と参道 ・浅野家ゆかりの歴史展示 ・とんど祭(1月14日/一般参列は当面中止) ・初午祭(2月) ・二葉山山麓七福神(恵比寿神を祀る) ・原爆被災と復興の歴史を伝える社地 ・期間限定「金の御朱印」(元日~) |
地図
近隣の観光スポット
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- 明星院(浅野家の祈願所・空海開基の真言宗寺院)(広島市東区)
- 鶴羽根神社(二葉山山麓七福神めぐりの一社)(広島市東区)
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